作家デビュー30周年記念作品

タイム・アフター・タイム

吉田修一

四六判変型上製/全536ページ/
2026年5月27日発売
装丁:アルビレオ 装画:岡田菜美

タイム・アフター・タイム 書影

「まぶしい夏の初恋と、二十年後の再会――
あの日、二人は何を守り、
何を手放したのか?
痛みも後悔もやさしさも、
すべてを抱きしめてあたためる、
感涙の長編大作。」

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〈推薦文〉

解像度の高い人物たちと情景描写に
惹き込まれ、どんなに遠くてもなお
鮮やかな恋の記憶が立ち上る。”

― 松任谷由実
(シンガーソングライター)

“こんなに泣いたら
きっと人生が変わってしまう。
そんな恐怖とともに読み終えました。”

― 金原ひとみ(作家)

〈著者の言葉〉

粋なものに
向き合ってみたいと思った。
眩しいくらい純粋なものに向き合った時、
自分の心がまだちゃんと動くのか
確かめてみたかった。
『タイム・アフター・タイム』は
私なりの純粋なものを
たくさん詰め込んだ小説です。”

― 吉田修一

〈内容紹介〉

取り返しのつかない間違いをした。
でも、大切な人のそばからは
離れなかった。

建設会社に勤める尾崎颯は、土砂降りの雨のなか、
高校の同級生だった久遠愛と再会する。
二人は同じプロジェクトの担当者として再び言葉を交わすようになるが、
建築家のデザイン盗用疑惑によって計画は暗転。
さらに尾崎の家庭にはスキャンダルが迫り、久遠もまた、
癒えない心の傷を抱えていた。
揺れ始める心はやがて、二十数年前の夏へと引き戻されていく。
青く輝く海と空に歓喜したあの頃と、まぶしさを見つめ返せない今――
東京と長崎、現在と過去を往還しながら、
痛みも後悔もやさしさも、すべてを抱きしめてあたためる長編大作。

タイム・アフター・タイム 書影

タイム・アフター・タイム
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〈エッセイ〉

伊平屋島の卓球台 
ーー「タイム・アフター・タイム」
連載を終えて

 まずは何より一年余の長きに亘り、オッソーと久遠の物語にお付き合いくださった読者の皆様方に心から感謝したい。

 この『タイム・アフター・タイム』を書くにあたり、当初2つの不安があった。

 一つはずいぶんと書いていなかった恋愛小説をまだ書けるのだろうかということ。
 そしてもう一つが、もし書けたとして、その恋愛小説にまだちゃんと心が動かされるだろうかというものだった。

 そうやって恐る恐る書き始めたせいかもしれない。当初はオッソーと久遠の2人を遠く離れたところからずっと見ているようだった。
 雷雨の中での再会場面は、まるで雨雲の上から眺めているようだったし、高校時代の2人が長崎の海で過ごす日々は、遠く沖合から見ているような気分だった。

 それがいつ頃からだったろうか。ふいに2人を近く感じられるようになっていた。

 おそらくオッソーたちがある交通事故の後、古瀬舞子という女性の車に乗り込む場面を書いたあたりだと思う。

 あの時、作者の私自身も間違いなくあの車中にいた。その狭い車内でオッソーの声を聞き、久遠の胸の鼓動を間違いなく感じていた。

 そしてそれからは自分でも少しおかしいのではないかと思うくらい、いつも2人のことばかりを考えていたように思う。
 気がつけば、当初抱えていた2つの不安はすでになくなっていたのかもしれない。

 もっといえば、このどこにでもありそうな初恋と、このどこにでもありそうな再会の物語に、どうして自分がこんなにも胸を熱くしているのだろうかと、不思議に思うようにさえなっていた。
 それはきっとそこにあるオッソーと久遠の気持ちが本物だったからに違いない。

 奇妙な言い方になるが、そんな本物の気持ちを見せてくれたオッソーと久遠にも心から感謝している。

 本作はもちろんフィクションだが、たった一つだけ本当のことがある。

 オッソーと久遠がよく遊んでいた島の卓球台だ。
 今から10年以上前になるが、拙著『怒り』が映画化されることになり、その撮影見学に向かったのが沖縄にある伊平屋島だった。

 本島の運天港からフェリーで1時間半ほど、人口1200人ほどの島である。島の公式HPにもあるように、私たちが憧れ、思い描く、沖縄の「原風景」が広がっている美しい島だ。

 この島のフェリー乗り場に、卓球台がポツンと置いてあった。

 当時執筆したエッセイに次のような記述を見つけた。

 “この離島のフェリー乗り場の待合室に、なぜか卓球台が置いてあった。
 一日に二、三便しかフェリーは来ない。固くなった菓子パンを並べた売店はあるが、店の人はいない。誰もいない待合室で、大きな扇風機が回っている。
 帰りのフェリーの到着を待ちながら、なぜかこの卓球台から目が離せなかった。この島に辿り着いた二人が、夜になると誰もいないここへ来て、ずっと卓球をやっていたような気がしてならなくなる。”

 10年以上前に書いた文章だが、今読み返してみると、私はこの10年の間ずっと、この島の卓球台を忘れていなかったのだと改めて気づく。

 10年前に夢想した小説の登場人物たちがどんな2人だったのかは忘れてしまったが、それが10年の時を経て、今回オッソーと久遠に結実したのかと思えば、2人の初恋や再会に胸が熱くなった理由も少し分かるような気がする。

 今回、2人の物語に王秉蒼氏が素晴らしい写真をつけてくれた。特徴的な淡い空や海の色がオッソーや久遠たちの気持ちに重なるようで、多くのインスピレーションを受けた。心から感謝したい。

 そして最後になるが、オッソーと久遠の物語が読者の皆様方の遠い記憶や思い出にもし触れられていたとすれば、これほど嬉しいことはない。

 改めて、1年間をともに過ごしてくださった皆様、本当にありがとうございました。

(日本経済新聞 4月12日より)

〈著者プロフィール〉

吉田修一 SHUICHI YOSHIDA

1968年長崎県生まれ。法政大学経営学部卒。97年「最後の息子」で文學界新人賞を受賞してデビュー。同作が芥川賞候補となる。2002年『パレード』で山本周五郎賞、「パーク・ライフ」で芥川賞、07年『悪人』で大佛次郎賞と毎日出版文化賞、10年『横道世之介』で柴田錬三郎賞、19年『国宝』で芸術選奨文部科学大臣賞と中央公論文芸賞、22年『ミス・サンシャイン』で島清恋愛文学賞、25年映画「国宝」に関連して野間出版文化賞を受賞。他に『怒り』『太陽は動かない』など著書多数。

吉田修一 著者近影
写真/長尾真志

〈担当編集者より〉

10年に一度出会えるかの、
比類なき一作です!

私が吉田修一さんと初めて会ったのは1999年夏のこと。
デビュー作『最後の息子』を上梓したばかりの吉田さんと、
4月に入社したばかりのド新人編集の私。
新宿髙島屋のカフェでもじもじしながらご挨拶したのを覚えています。
その後、名作『パレード』が生まれ、『悪人』『怒り』、そして『国宝』へ。
加速し続けるその軌跡は多くの方がご存知かと思いますが……この作家、人か魔か!? 
またしても傑作誕生です。
大人であれば誰でも、消えない痛みや後悔の一つや二つは抱えているもの。
この小説を読んでいると、“オッソー”こと尾崎もしくは久遠の心の動きと同期して、
あなたの封印していた過去や、歯を食いしばって耐えた人生の一場面が胸に押し寄せ、
涙で文字が滲むかもしれません。
この物語は、そのすべてを抱きしめ、肯定し、癒してくれます。
うっかり編集部で原稿を読み始めたら、
ひたむきに生きる二人の姿に涙があふれ、堪えきれず顔を伏せました。

多くは語りません。
担当編集として27年、
断言します。必読。